ねぇ…目を覚まして…
 どこかで、そんな声がした気がした。


少女は、今日も祈りをささげた。
いつか、この祈りが届くように願って。
ただ一人の友人が、目を覚まして自分の名をもう一度呼んでくれるように…。

数年前、この地で起きた乱戦。
少女は捕虜として、捕まった。
友人のロイは、乱戦のとき攻撃を受け、それ以来目覚めない。
乱戦が終えた今でも、少女は捕まったまま。ロイは眠ったまま。
ずっと祈り続けてきても、それは叶うことはなかった。

「おい!!ツェル!来い」
一人の男が、少女の名を呼ぶと少女は祈りを止め、声のしたほうへ走り出す。
今日も雑用でほとんどの時間を奪われてしまうのだろう。
それが当然のことだから、いまさら文句も出ないけど。
「遅いなぁ、オイ。呼ばれたら、とっとと来いよ」
男はそう言って、ツェルの背を強く叩いたが、ツェルは
「ごめんなさい。以後、気をつけます。」
謝り、頭を下げただけだった。
雑用に使われているだけでも、まだマシなほうなのだ。
反発して人体実験の被験者になっては祈りもできない。

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「ねぇ、ロイ。あっちに犬がいたよ」
「え?!本当?まだいるかなぁ?見に行こうよ」
「うん!すごく、かわいい子だったよ。頭なでちゃった」
「いいな〜、僕も触りたい」
仲良く、手をつないで歩いた。
幸せがいつまでも続くと信じて。
風が髪を流していく。そこから覗く耳は少し、尖っていた。
太陽は、とてもとても高く、二人に祝福を。

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小さな窓から見える空は薄暗く、まるで泣き出してしまいそうな色だった。
それを見つめて、ツェルは目を伏せた。
「次は…塩を入れて、ジャガイモは…」
小さく、気を紛らわせるためにつぶやき、なべの中へ塩を入れた。
毒を混ぜてしまいたいと、衝動が襲ってくる。
―あいつらも馬鹿な奴等だ。人質に飯を作らせるなどと…
でも、無駄。毒を混ぜても、無駄なだけだった。
以前、別の捕虜が毒を混ぜても無駄だったのだ。
毒見として、別の者へ一口食べさせていたから。
毒を混入した者がどうなったかは分からないが。
空はいよいよ暗く重い雲を濃く、雨を降らせ始めた。

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「ツェル、手、出してみて」
「いいよ。でも何で?」
「いいからっ、ほら」
「…?あ、四葉のクローバー!!」
「へへへ。さっき見つけたんだ。ツェルにあげる」
「ありがとう!!ロイっていい奴だね」
「あはは。…ずっと、友達でいてね?」
「友達…?う、うん。もちろん」
幸福をくれる四葉のクローバーはゆらゆら風に揺れていた。
ずっと、仲良くできるようにと願った日々は戻ってこないけど。

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雨の中、ツェルは急ぎながら草花を掻き分けた。
「ハーブ、どこだったか…。急がないと、なべが…」
暗雲はいよいよ雷を落とし始めた。
やがてツェルは目当てものものを見つけ、台所へと走った。
雨でびしょびしょになってしまった体をタオルで拭きながら、
とってきたばかりのハーブを水で洗う。
指の間を流れる水は、ゆるやかに冷たく透き通っていた。

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「わ、湧き水だよ、ロイ」
「うん、僕、初めて見た…」
「ね、ここにさ、花畑つくろうよ」
「いいね、それ。そうしよう」
にっこり笑って返事をした。
そのとき、どこか遠くで大きな音がした。
大地が揺れるほどに大きな爆発音。
「びっくりした。何の音だろう?」
「さあ?なんかすごかったね」
気にかけず、二人は土をいじり始めた。
もうすぐ、全ては無くなるのに。

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台所に立つツェルの足元がふいにゆれた。
「また…どこかで乱戦が起きてるのかな」
つぶやいて、再びなべを見る。
まだ、他の地では乱戦の真っ最中だと聞いたことがある。
火力、注意しておかなきゃ。

ツェルは一本の箒とはたきを持ってゆっくりと歩いた。
たくさんの部屋を掃除しなくてはならない。
本当なら、ゆっくりしている暇はないのだけれど、なんとなく気が向かない。
面倒でも、文句は言えない。生かしてもらえているのだから。
ロイが、殺されないためなら、何だってガマンできるから。
だから、たとえ、ツェルはどんなことをされても我慢できた。

掃除の途中、ツェルは一人の男にいくらかの時間を奪われてしまった。
開放されたのは、黒い雲で今は見えない月が高く昇り、下がり始めるころだった。
こんな時間では、もう掃除ができない。
仕方がないので、しっかりシャワーを浴びて寝ることにしたようだ。

ねえ、目を覚まして――…
どこからか、誰かの声がした。
その声は、暗い空間にひとつの風となって流れていった。
そんな祈り、無駄だったけど。

ツェルは体から滴り落ちる水をタオルで受け止め、水気をとっていく。
ため息ばかりが口をつく。いつ、ロイは目を覚ますのか…。
寝る服装へ着替え、台所のほうへ歩いていく。
のどが渇いたのだろう。コップに1杯の水をくんだ。
それを口へ運ぼうとしたとき、声がした。
雨と音と雷と混じって聞こえるその声もまた、ツェルにとって痛いものだった。
痛いなんてものではないかもしれないけれど…
『ツェルも馬鹿だよな。気づかないなんて。
 ロイ…とかいう奴はもう、生きてないのに』
『まあ、良いじゃないか。そのおかげで、いやな仕事は全部あいつに押し付けれる。
 あと、本人は気づいてないが…
 エルフとかゆう気味悪ィ種族の実験も兼ねているんだろ?
 うまく、飼いならす方法とかよ』

ロイは…生きていない。

その言葉は、ツェルの心の奥まで響き渡る前に悲しみ憎しみを生んだ。
そして、混乱する頭で考えても、何かを得られず、コップを取り落としてしまった。
そのまま、話をしていた奴らに見つからぬよう、ふらふらと歩き出す。
行き先はもちろん、ロイの眠っている場所。

少し、ひんやりとした空気。でも、冷たすぎない。
その場所に、いくつかの長方形の箱があった。
中には少年や少女、老人や中年の者が入っていた。
年はばらばらで、性別もこれといって同じにそろえられてはいない。
でも、全てのものにはひとつだけ、共通することがあった。
耳が、尖っているのだ。
ツェルは、いくつもある箱の中から、ひとつをすぐに見つけ出した。
そのひとつは、ロイが入っているものだ。
箱から引きずり出し、抱きついて泣いた。
少し、強く腕に力を入れてしまった。
でも抗うことはないその体にさらに涙が出た。
息もしていないその力なくした体に、すがりつくようにもっと力をこめて抱きつく。
そのとき、部屋の入り口に何人かの人が立ち、影が伸びてきた。
ツェルはその方を見つめた。…人間が五人ほど、そこに立っていた。
「あひゃひゃ、今頃気づいたのか。」
「とはいえ、せっかくの実験が途中で終わってしまうのは…」
「しっかたねぇじゃん。ばれちまったみたいだし」
男が一人、ナイフを取り出し、ツェルのほうへ投げつけた。
おもわず―…反射でロイを盾にしてしまった。
流れ出たのは、真っ赤な血で、それはロイの体から落ちていた。
「あ…っ、は…ロイ…?え…、何で…っハァ…っ」
呼吸を乱し、頭は混乱し、過呼吸になりそうなツェルを男たちは見つめた。
口元に、ニタリと気持ちの悪い笑みを浮かべて。
「あーあぁ、お友達傷つけちゃったぁー」
「避けたお前の自業自得だよな」
「はは、息すらまともにできねぇの?」
からかう笑い声が空間を満たした。
しかし、軽口を叩いた男たちの一人が瞬間倒れた。
「…ゆるさない…。ロイ、ごめんね」
ツェルは手から離れたナイフを見つめた。
彼女のはなったナイフは見事に男の胸に突き刺さっていた。
「あ…痛え、痛えよ…ォ…」
倒れた男は天井を仰ぎ見て呻いた。
血で作られた水たまりの中で男の服は赤に染まっていく。
「ウソツキ…うそつき…ロイは生きてるって言ってたじゃない…うそつき」
赤い目をした少女がつぶやいた。

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「ロイ、しっかりして、ロイ。大丈夫?ねぇ…」
「大丈夫。心配要らないよ。ちょっとかすっただけ」
「でも血が出てるよ。くそ、何だよあいつらっ…」
「僕らが人間じゃないから…嫌いなのかなぁ」
「だけど、突然こんな…」
二人は壊れそうな小屋の中、人間たちから身を隠す。
ロイの腕には血を流す傷口があったがまさか、人間の武器に毒が仕込んであったなんて二人は知らなかった。

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ねぇ…目を覚ましてってば…
ねだるような声が聞こえる。
どこかで聞いた声。
この声は――…

「ちょっとツェル!!ほら、起きて!!」
大きな声でロイが叫んだ。
「ふぁー。ごめんね、ちょっと寝ちゃった」
眠たげな目をこすりながら、ツェルは謝る。欠伸も混ぜて。
木の下、二人は風を受ける。髪がなびいた。
高い位置にある太陽は、優しい日差しを全てのものへ降り注ぐ。
「ねぇ、ツェル、どんな夢見てたの?苦しそうだったよ」
「うん。ひどい夢だった。もう、見たくない」
幼い二人は笑いあった。
全ては夢だったんだ。時間なんて、動かなければ良い。
ずっと、子供でいよう。
大人になったら、とても辛いから。

ふわりと、まるで含み笑いのような風がツェルを包み込んだ。
今、ようやく目を覚ますことが出来た―――――…

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「あは…は、ねぇ、ロイ。ごめんね。はは…」
血まみれの中、一人の少女が夢を見るように笑っていた。